アレルギー遍歴

管理人のアレルギー遍歴

先ほどは短い挨拶で失礼しました。
さて、私のアレルギーの遍歴を紹介します。
少し長いので飽きたら直ちに読むのをおやめください。
 
小学4年でめでたくアレルギー性鼻炎と診断される。
この症状がひどい!特にデパート、バスの中では頭痛に見舞われ、嘔吐する。エレベーターでもだ。皮の臭いと化粧品の臭いがひどく気になった。
今はネオンと香水の香りに惹かれることもあるが・・・。(失敬)
 
これが、アレルギー性鼻炎と診断されたのだ。
投薬と鼻からシュッ!シュッ!と入れる粉状の緩和剤を6年使うが効果なし。妹二人は小学校に入ると同時に喘息と診断される。
(当時の自宅はブロック造平屋建て)
 
兄弟3人が突然見舞われた症状に、当時親父が愛飲していたまむし焼酎(まむしはその辺から捕ってきた)が原因ではないかと捨てる。まむしのたたりだと思ったのだろう。(私の守り神はヘビのはずだが・・・)
 
おはらいをして、ご祈祷する。
そうしたら3人の症状は軽減され・・・となったら大変だ。 そんなはずはない。
 
授業中もそういう症状に見舞われるときがあった。トイレから離れられない。保健室では風邪と言われる。それが続くと仮病扱いだ。
肝油を3ツブ盗んで復讐した。ヘビ年は執念深いのである。
 
さて、15才の春、5年間の寮生活をすることになり、RC造3階建ての建物で生活することになった。国のお金で建てた寮は、マンション並みだった。快適な生活を満喫と思いきや、縦のつながりがヒジョ~~にキビシイ。
地獄の寮生活が始まった。もちろん鼻にシュッ!シュッ!は持参した。
寮生活のことを語れば苦あり、楽ありできりがないので省略する。
 
1年たっただろうか。鼻炎と変な嘔吐感が治まっていることに気づいた。
理由は不明だが、シュッ!シュッ!は不要だったし、部活動にも支障なし。
妹たちはというと、相変わらず喘息の症状は続いていた。
 
私が19才の時である。実家の改築が始まった。
 
増築と言っていたので木造2階建てであることを聞いてびっくりした。
新築である。理由はこうだ。
 
解体中に父が目にした物は、結露しまくっていたブロック材や内張材だった。あまりにも不健康な物を見てしまった父は、建築屋さんと相談して、急きょ改築ではなく新築にしたのだ。(建築やさんは大変だったらしいが)
 
妹二人の症状が徐々に良くなり始めたのは想像がつくだろう。
だが、今度は母が、カユイカユイ病になってしまった。
そのうち頭がイタイイタイ病・・・。
いったい我が家はどうなっているんだ?
母は虎年だが我が家には虎がいないし、おはらいのしようがない。
母は年のせいだと割り切るが、私は納得していない。
 
いきなり現在に至るが、我が家では、妻がタバコの煙とそばアレルギー、
私は最近頭痛や季節に起きる鼻炎に悩まされている。
急性ちくのう症と診断された。
息子は6才でとりあえず健康だが、あの無てっぽうさを見ていると無神経の病気ではないかと疑ってしまう。きっと妻に似たのだ。。。

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